欠歯(欠如歯・埋伏歯)
概要
歯列上に歯が臨床的に認められない状態です。同じ見た目の裏に3つの異なる実体が隠れています: 真の先天性欠如(欠如歯・乏歯症 — 第1前臼歯・下顎第3後臼歯・切歯に好発し、トイ種・短頭種に多い)、歯肉・骨の下に埋まった埋伏歯(未萌出歯)、既往の脱落・破折による後天的喪失(残根の可能性あり)。臨床原則は「臨床的に欠けている歯は必ず歯科X線撮影」— 埋伏歯の約29%に含歯性嚢胞の形成が伴い(Babbitt 2016)、これは骨を破壊する膨張性病変でありながら早期抜歯で完全に予防可能です。
主な症状
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臨床徴候
本症で報告される主な臨床徴候には触ると痛がる・腫れ・浮腫などがある。所見の種類と程度は症例や病期により異なる。
原因
先天性欠如: 多因子遺伝(トイ種・短頭種にブリード的に多い。外胚葉形成不全症候群に伴う症候性のものもある)。埋伏歯: 肥厚した歯肉弁(オペルキュラム)・歯の叢生・歯胚の位置異常による萌出経路の遮断。後天的喪失: 既往の抜歯・脱落・歯冠歯根破折。
病態生理
真の欠如歯では歯胚自体が形成されないため、治療対象となる病変はありません。埋伏歯では歯胚は形成されるが萌出に失敗し、退縮エナメル上皮が歯冠上に残存します。嚢胞化を開始させる刺激としては2系統が提唱されています(ヒト口腔病理学からの外挿): 圧迫された歯小嚢の静脈・リンパ還流障害による漏出液貯留と、隣接歯の歯周炎症や先行乳歯の根尖病巣から波及する炎症刺激(炎症起源の含歯性嚢胞 — Benn & Altini 1996)。一度嚢胞化すると、嚢胞は静的な袋ではなく自己拡大系になります: 剥離上皮・ケラチン・蛋白が嚢胞液を高浸透圧に保って水を引き込み内圧を上昇させ(Tollerらの古典的嚢胞液研究)、同時に嚢胞壁自体が骨吸収性メディエーター(PGE2・IL-1→RANKL経由の破骨細胞活性化)を放出します(Shear & Speight, Cysts of the Oral and Maxillofacial Regions 4th ed 2007)— 単純な圧迫壊死ではなく能動的な炎症性骨融解です。均等な静水圧がX線上の境界明瞭な類円形透過像を作ります。歯肉溝経由の二次感染は拡大を加速し急性の顔面・下顎腫脹として顕在化しえます。菲薄化した皮質への咀嚼負荷は病的骨折の引き金となり、嚢胞上皮への慢性刺激はヒトでは歯原性腫瘍の発生母地として確立しています(病理組織検査を必須とする根拠。犬固有の分子レベルのデータは乏しく、機序はヒト文献からの外挿です)。手術時に取り残した嚢胞上皮は分泌源・骨吸収刺激源として残るため、嚢胞壁の完全摘出が妥協できない理由がここにあります。短頭種(古典的にはボクサー)の下顎第1前臼歯が最高リスク部位です。
診断
診断は歯科X線 (Dental Radiographs)・歯数カウント (Tooth Count)・CT (Computed Tomography)・病理組織検査 (Histopathology)などの検査所見を、臨床徴候および病歴と併せて総合的に評価して行う。
治療
第1段階 — 臨床的に欠けている全ての歯の歯科X線撮影(永久歯列は生後6-7ヶ月で完成。全顎X線の診断的価値は Verstraete 1998 が確立)。所見別に: (1) 先天性欠如 — 治療不要。カルテに記録し、繁殖供用個体では遺伝カウンセリング。(2) 萌出ポテンシャルの残る若齢犬の埋伏歯 — 萌出ウィンドウ内のオペルキュレクトミー(被覆歯肉の切除 — Hale 2005)。(3) 萌出が見込めない埋伏歯 — 含歯性嚢胞の発生率約29%(Babbitt 2016)を踏まえ予防的外科抜歯を推奨。6-12ヶ月毎のX線モニタリングは飼い主のインフォームドコンセント下でのみ代替となる。(4) 含歯性嚢胞を形成済み — 原因歯の外科抜歯+嚢胞壁の完全な摘出・掻爬(歯原性腫瘍が鑑別となるため病理組織検査へ必ず提出)± 大きな骨欠損への骨補填。
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予防
子犬の全来院時に歯数をカウントし、生後6-7ヶ月で永久歯の全数を確認。その時点で臨床的に欠けている歯は必ずX線撮影する — これにより含歯性嚢胞は「破壊的な偶発所見」から「予防可能な所見」に変わります。先天性欠如については重度罹患ラインを繁殖から外す選択を。
予後
予後は優良です。先天性欠如は伴侶犬では健康上の問題ではなく審美・血統登録上の事項にとどまります。含歯性嚢胞は早期治療(抜歯+嚢胞壁の完全除去)で予後優良。診断の遅れは広範な骨喪失・下顎の病的骨折のリスクとなります。
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